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<2007年07月>「官から民へ」の流れは変化するか 参院選の総括と今後の展望

 7月のiJAMPの最多の記事は参院選の予測と評価に関するものであった(705件)。その参院選が自民党の歴史的な敗北で終わり、次期国会はもとより衆院選をもにらんだ展開が予想されている。終了後、メディアから取材を受けた。有権者は小泉構造改革のスローガンであった「官から民へ」にノーを突きつけたと考えるべきか、2005年衆院選の前に戻ったと考えるべきかと。

 この問いに答えるには、「官から民へ」の先輩である英国の歴史を振り返ってみる必要がある。「官から民へ」、より正確に言えば「小さな政府」は1979年に成立した保守党サッチャー政権の政策である。それ以前の労働党政権では、雇用確保を目的とした「大きな政府」による企業国有化や市場への過剰な介入が行われた結果、財政が肥大化するとともに民間の意欲が低迷し経済は停滞した。

 だが、「小さな政府」も、国有企業を民営化し公的部門の役割を減少させ、市場に活力を与えた一方、現実には市場に任せられない多くの公共分野が残った。その過程で登場したのがPFI(Private Finance Initiative)である。刑務所に象徴されるように、PFIは、民間が受益者から直接収入を得るのではなく、政府サービスを生産して政府に購入してもらうという画期的な発想を取ることで、「官かまたは民か」ではない、官と民が協働して問題を解決するという新しい道を開いた。

 その後、労働党政権でもこの政策は受け継がれ、PFIなどの「公民連携」(Public/Private Partnership)の流れは完全に定着し、英国の経済政策の根幹になっている。多少の差はあれ、米国でもフランスでも、後戻りのできない基本的な潮流になっている。

 さて、小泉構造改革は、日本における「大きな政府」を崩壊させる役割を担った。旧来の政官産の不透明な複合体による経済運営の仕組みの矛盾が各所で顕在化する中、05年衆院選では有権者は「大きな政府」への決別を選択したのである。郵政民営化はその象徴に過ぎない。

 これに対して、今回の参院選で有権者は行き過ぎた「小さな政府」をも拒絶したと言えよう。「小さな政府」では切り捨てられると感じた地方圏での選挙結果が如実に物語っている。郵政民営化では困難とされる地方圏でのサービスをどう維持するかは、市場原理ではなく政府の仕事として解決されなければない。

 二つの選挙結果はまったく矛盾しない。今さら「大きな政府」に戻るような財政的余裕はどこにもない。かといって、「小さな政府」が示す市場原理の弊害も必要悪として許容はできない。中央政党が永田町で試行錯誤している間に、既に、有権者は、真実が両者の間にこそ存在するはずだということを直感していたのだ。

 もはや、官か民かの単純な二分論を政策レベルで議論している段階ではない。幸いにして、PFI、指定管理者、市場化テスト、都市再生、地域再生、構造改革特区など官民の役割分担による経済の活性化のための選択肢は数多く用意されている。現場で一つ一つ粛々として実行していくことが明日の日本を作ることになる。その時間はあまり残されていないのかもしれないのだ。
 著者:根本 祐二(公民連携専攻長)