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<2008年11月>金融危機への構造的対応、問われるリスク認識

 「100年に1度の暴風雨」に対する追加経済対策が発表された。株価下落、円高、企業収益の低下、貸し渋りなどの一連の経済機能不全の最大の要因として、「米国のサブプライム問題に端を発した今回の金融危機…。金融機関が、そのリスクを適切に管理できず、金融市場が機能不全に陥った」(同)点が挙げられている。今回はこの認識についてコメントしたい。

 わが国では、一般的には、バブル崩壊後、金融機関はリスク管理に敏感になったと考えられている。バブル期に行ったリスク管理の不十分な融資が多額の不良債権を生みだし、金融機関の経営の根幹を揺るがしたためである。1990年代末には、プロジェクトが生み出すキャッシュフロー(収入)だけを担保にした新しい金融手法であるプロジェクトファイナンスが登場した。閉塞(へいそく)感のあった地域再生プロジェクトを進めた金融革命と言って良い。

 金融革命は、必然的に関係者のリスク分担を生みだした。リスクはすべての関係者にとって同じではない。特定のリスクを上手に管理できる人は、それに見合うリターンの機会が得られればリスクを負担することを惜しまない。リスクを積極的に負担する関係者が一定程度集まれば、プロジェクト全体は極めて安全なものとなり、金融商品として細分化することができる。これが証券化である。証券を購入する投資家がリスク分析能力を持っていないとしても、リスクが分散され全体としての安全性が高まるために問題はないとされてきた。

 今回の金融危機の発端は、米国の低所得者向け住宅ローンであるサブプライムローンであり、証券化によって世界中に拡大した。当初数年間は固定低金利でその後変動金利に変わるという金融商品は、長期的には低所得者向けというリスクを反映したものとなるはずであるが、あたかも最初から安全なものとして錯覚され、過剰な資金供給が行われてしまった。

 つまり、リスクを分散したこと自体が問題なのではなく、リスクに対する認識が分散してリスクが過小評価されたことが問題なのである。リスクを正確に認識できない関係者が参加することで、全体としてリスクが高いにもかかわらず先に進んでしまった。日本のバブル期の失敗が再燃したかのような事態である。

 震源地とならなかったわが国としては、金融革命によるリスク管理の徹底はさらに進めるべきである。その上で、リスクとリターンの設計が適切に行われているかを評価し、監視する機能を社会全体としてシステム化しなければならない。金融機関がマネーゲームに奔走することの愚は言うまでもないが、社会全体のリスク管理には政府にも市民にも大きな責任がある。今回の対策の成果が出るかどうかは、こうした視点からも評価するべきであろう。
 著者:根本 祐二(公民連携専攻長)