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<2009年09月>選択されたのは政権か政策か市場と政府のバランスが重要

 衆議院議員選挙が終わった。新政権の詳細が明らかになるには未だ時間を要するので、現時点で今回の選挙の意義を考えてみた。

 選挙とは政策を選択するものという立場からみれば、今回の争点は、小泉構造改革の是非のはずである。前回総選挙で当時の自民党が突きつけたのは、公共的な役割を政府自身が担う「大きな政府」から、市場に委ねる「小さな政府」への転換であり、その象徴が郵政民営化であった。だが、個人の所得や地域間の格差拡大、医療や福祉など国民の安心にかかわる領域での課題の発生に不満が集中した。その流れの中で、今回の総選挙を迎えた。

 では、「小さな政府」から「大きな政府」への回帰が主張されただろうか。構造改革を批判するなら当然そうした政策が提示されたであろうが、少なくとも、自民、民主両党の公約は違った。民主党の公約には、高速道路の無料化に象徴されるように一見「大きな政府」に見えるものもあるが、それらの支出の財源となるのは徹底した無駄遣いの排除である。政府支出をゼロから見直し厳しく優先順位を付けようとする政策は、むしろ「小さな政府」である。一方、自民党の公約でも、見直すのは行き過ぎた市場主義であって、構造改革路線を180度変えるとはまったく言っていない。

 無駄や行き過ぎが良くないことは、言葉が示す通り当たり前のことであり、それ自体は政策ではない。「大きな政府」でも「小さな政府」でもない「市場と政府のバランス」こそが、唯一の政策の選択肢として有権者に提示されていたというべきであろう。

 この状況は、英国の歴史に通じる。1970年代までの労働党の「大きな政府」路線によって巨額の財政赤字や国際競争力の低下を招いた反省から、79年に成立した保守党サッチャー政権では民営化を基本路線とした「小さな政府」に急転換した。だが、この政策は、財政再建などの成果をもたらした一方市場主義の限界も露呈し、90年代には市場の効率性と政府の責任ある補完を同時に実現するPPP(パブリック・プライベート・パートナーシップ)が保守党政権の政策となっていった。

 わが国にとって重要な示唆は、この政策が、97年以降の労働党政権においても維持されたことである。当時、EU(欧州連合)統合などグローバル化に対応するため、市場の効率性を維持しつつ公平性のために政府が補完的な行動を取るという政策は、「大きな政府」でも「小さな政府」でもない「第三の道」と呼ばれた。この呼称は近年注目を集めることは少なくなったが、それは、「大きな政府」と「小さな政府」のいずれかという極端な選択肢が消滅し、「第三の道」がいわば常識化したためにあえて政策と名付ける必要がなくなったことを意味している。程度の差こそあれ、米国、フランスなどの欧米先進国でも、政権交代とは切り離してほぼ同様の「市場と政府のバランス」が主軸となっていると考えられる。

 日本も同様である。もはや、「大きな政府」か「小さな政府」かという単純な議論は意味をなさない。だから、有権者は自民党と民主党の政策に大きな違いは見いだせなかったのである。では、何が争点になったのだろうか。

 それは政権である。だが、巷間言われる自民党か民主党かという選択とは違うと思う。有権者は、特定の利害関係者ではなく一般の国民の希望を反映しやすい意志決定システムを選択したと見るべきだ。両党とも公約ではその点を取り上げていたが、実現可能性という点では、今までも実現できる立場にあった自民党の責任力よりも、新しくその立場に立つことになる民主党への期待感が上回ったのであろう。

 民主党はスタートラインに就いただけである。着実に行き過ぎを是正しつつ無駄をなくせるのか。“しがらみ”や既得権にこだわって大きな政府に逆戻りし、安易に増税したり次世代に大きなつけを回すことは本当にしないのか。国民は厳しい目で注目していることを忘れてはならない。 
 著者:根本 祐二(公民連携専攻長)