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<2010年02月>「新しい公共」は日本の将来を築けるか=キーワードは非公式の公式化

 1月29日、鳩山由紀夫首相は施政方針演説を行った。その中で注目されるのが「新しい公共」だ。
「今、市民や民間非営利団体(NPO)が、教育や子育て、街づくり、介護や福祉など身近な課題を解決するために活躍しています」「こうした人々の力を、私たちは『新しい公共』と呼び、この力を支援することによって、自立と共生を基本とする人間らしい社会を築き、地域のきずなを再生するとともに、肥大化した『官』をスリムにすることにつなげていきたいと考えます」。

 鳩山首相の語る「新しい公共」の概念は、昨年の総選挙後の臨時国会での所信表明演説で紹介されている。
「『新しい公共』とは、人を支えるという役割を、『官』といわれる人たちだけが担うのではなく、教育や子育て、街づくり、防犯や防災、医療や福祉などに地域でかかわっておられる方々一人一人にも参加していただき、それを社会全体として応援しようという新しい価値観です」(2009年10月26日iJAMP)

 介護、福祉、教育、文化、子育て、スポーツ、まちづくりなど身近な公共サービスのニーズは限りなく多い。これらの「大きな公共」のニーズを政府が担おうとするのは「大きな政府」だ。だが、「大きな政府で大きな公共を実施する」考え方は、わが国では財政肥大化を招き、持続不可能であることが歴史的な事実として示されてきた。
「大きな政府」が生みだした財政赤字を縮小しようとしたのが「小さな政府」だ。だが、これも行き過ぎると公共サービスのレベルが大幅に低下する。「小さな政府で小さな公共を実施する」考え方では国民の不満や不安は高まらざるを得ない。
「小さな政府」で「大きな公共」を実現するための仕組みが必要だ。鳩山首相はその役割を「新しい公共」に託したのだろう。

 市民、NPOが公共サービスを十分安定的に担うことができるならば問題はない。だが、市民やNPOの活動はあくまでも任意だ。誰かに強制されるものでもなければ、活動しないからといって罰されるものでもない。それが良さである反面、社会的に安定した仕組みとしてははなはだ不十分である。

 公共サービスを誰がどのように担うのかを考察するツールとして注目されるのがスウェーデンの政治学者ベクター・ペストフのトライアングルである。これは、公共サービスの提供主体を、「政府または非政府」、「営利または非営利」、「公式または非公式」の3軸で分類したものである。

 ペストフはこのピラミッドを用いて、社会福祉サービスに三つの形態があることを示した。「政府」の公式のサービス、「市場」における民間ビジネス、「地域」における自助・共助の活動である。政府サービスは最も安定的だが財政負担が大きい、民間ビジネスは柔軟で効率的だが利潤が必要だ、地域の非公式の活動は手近な手段だが安定性を欠く。それぞれに一長一短があり、局面によって最適形態が選ばれる。

 トライアングルの発想は社会福祉以外の公共サービスを説明する上でも役立つ。

 鳩山首相の「新しい公共」は「地域」に光を当てている。非営利・非政府のサービスを供給し、かつ、財政負担を軽減してくれるなら、確かに望ましいことである。だが、善意に基づいたもので、義務でない以上安定性がないという欠点は前述の通りである。おそらく、結果的には「地域」の不安定性は「政府」が補うことになり財政負担が増えるだろう。

 ペストフはこの欠点を補うものとして、非営利・非政府・公式のアソシエーション(非営利組織)が機能することを示した。世界的にはサード・セクターと呼べるこの組織の活用は、確かに一つの方策であり、わが国でもNPO法改正などで強化する必要はあろう。

 一方、ソフトだけでなく、ハードの整備や活用を含めて、政府と市場の役割分担を安定化させるための一般的な仕組みとして導入されているのが、PFI(民間資金活用による社会資本整備)、指定管理者などだ。PFIや指定管理者では、公共サービスの担い手として民間企業やNPOを起用する。基本的には民の自由な発想が必要だが、公共性がおろそかにならないよう契約的な合意によって行動をガバナンスする。「政府」と「市場」が直接権利義務関係を分担する「公式」の世界だ。
このように、「大きな公共」と「小さな政府」のギャップは、以上に紹介した広い意味でのPPP(パブリック・プライベート・パートナーシップ)の知恵で埋めなくてはならない。安定性をもたらすためのキーワードが「非公式の公式化」なのである。 
 著者:根本 祐二(公民連携専攻長)