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<2011年04月>復興に必要な「最短時間・最少費用」の発想 ~責任を押し付けるのはやめよう~

 復興への検討が各所で始まった。本学PPP研究センターでも、第1次提案を発表した。「地域別の復旧復興投資額の計算、それに必要なソフトの開発」「復興院(仮称)の設置と官民人材の登用」「PFI法の改正による迅速・効率的な復興推進」「公共施設等運営権を活用した他自治体・民間企業による復興事業の実施」「地域の防災型多機能中核コミュニティ施設の建設」「国民の志を取り入れる資金調達方法の導入」の六つである。

 キーワードは「最短時間・最少費用」である。今回の震災は、範囲、規模、種類のすべてにおいて未曽有である。内閣府では被害額として阪神淡路大震災の約2倍となる16~25兆円と試算している。間接被害を加えた最終的な復興費用は数十兆円に上るであろう。

 規模以上に深刻な点は、当時と財政状態がまったく違うことである。阪神淡路大震災が発生した前年の1994年の国・地方の負債残高の名目GDP比は79.0%であり、OECD平均の69.8%より若干悪い程度であった。だが、その後、2006、7年を除いて毎年確実かつ大幅に悪化し、2010年には198.4%となった。OECD平均の96.9%とは比べものにならない劣悪な状態だ。われわれは、緊急時の出動に必要な財政的なゆとりを、平常時に構築してこなかったのだ(数値出典:OECD Economic Outlook)。

 劣悪な財政状況で復興を成し遂げるためには、「最短時間・最少費用」の発想が不可欠だ。すべて国が何とかするという主張は、いっけん責任感があるように見えるが、途中で財源が尽きて必要な復興すらできなくなるかもしれない。そもそも、国というのは国民の集合にすぎない。国民の支持なく、国の負担を口にするのは筋違いと言わざるを得ない。

 復興構想会議ではビジョンを議論すると伝えられている。まず、ビジョンを議論することは正しい。何をどのように復興するのかが分からなければ、復興に必要な金額も分からず財源論も意味がない。だが、ビジョンのみを先に終結させるのも間違いだ。財源の裏打ちがない限りビジョンは絵に描いた餅だ。ビジョンと財源の相互チェックを繰り返す段階的な接近が妥当であろう。

 最後に、政策の責任について触れておきたい。今回、新耐震基準に適合する建築物は倒壊を免れ、耐震基準と対策の合理性は証明された。だが、旧耐震時代に建設され補強されていない建築物には損壊したものも少なくなかった。もちろん、津波、液状化、そして原発事故に対しては有効な対策が打てていなかった。

 今までも、対策は打てたはずだ。「旧耐震時代に建設した建築物に耐震補強を義務付ける」「防潮堤を2~3倍の高さにする」「津波被害を受ける可能性のある地域を居住禁止にする」「液状化が予想される地域は建築規制をかける」「原発への依存度を下げる」「原発の津波想定を大幅に引き上げておく」などの選択肢だ。だが、われわれはそうしなかった。仮に、当事者が試みたとしても、それによって生じるコストの増加や利便性の低下を国民が受け入れただろうか。「ほとんど起こり得ないことを心配しすぎだ」、「過剰反応だ」と、抑えたのではないだろうか。

 今回、当事者の震災後の対応に問題があることは事実だ。だが、被害の大きさを生んだ背景には、上記の長年の政策の選択と国民の合意が存在する。責任を政府と東京電力だけに押し付ける風潮は理不尽であり、筆者には壮大な“いじめ”にしかみえない。「最短時間・最少費用」の復興にはどうすればよいか、二度と深刻な被害を受けないようにするにはどうすればよいか、山ほどある仕事に官民の総力戦で臨むべきだ。少なくとも、政治家が政局ゲームに奔走している暇はないはずだ。
 著者:根本 祐二(公民連携専攻長)