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<2012年07月>「コンクリートから人へ」から「シティ・マネジメントへ」

 6月の自民党国土強靭(きょうじん)化基本法案に続き、7月10日には公明党の防災・減災ニューディール推進基本法案が公表された。双方とも震災を切り口として社会資本整備の必要性を訴えている。与党である民主党も、5月31日の成長戦略・経済対策PT「PFI/PPPの推進に関する提言」の中で、「厳しい財政事情下で必要な社会資本投資を着実に行うためには、民間の資金やノウハウの活用が喫緊の課題である」との認識を表明している。政府の政策としては、2010年に創設され活用が広まっている社会資本整備総合交付金はその名の通り、社会資本整備を目的として自治体の財政支援を行うものである。

 以上の通り、社会資本整備の重要性は国民的コンセンサスを得られたものと考えてよいだろう。09年の衆院選で「コンクリートから人へ」が政治的なスローガンとされ、公共投資予算が大きく削減されたことから考えると様変わりに見える。自民党の谷垣禎一総裁は、7月16日、集中豪雨の被害に遭った熊本県と大分県を訪れ、「民主党は『コンクリートから人へ』と言うが、町の安全に関わるものはきちんとやらなければいけない」と述べている。

 発言内容はその通りだが、「コンクリートから人へ」の流れは、実は、自公政権時代の2000年代初頭から起きている。名目GDPの公的固定資本形成の金額は00年前後の約40兆円を境に年々減少を続け、10年ごろには約20兆円と約半分に減少している。どの政党が政権に就こうと、ここ十数年公共投資削減を進めてきたのが事実だ。この背景には、少子高齢化による社会保障費の増大がある。国も地方も財源を捻出するために、最も削減しやすい公共投資予算を削るしかなかったのだ。その結果、社会資本老朽化問題が深刻化した。

 公共投資予算を少なくとも現状程度確保するためには、社会保障予算にめどを立てる必要がある。消費税増税はそのための有力な方策で、今考えうる手段の中では最も合理的だと考える。だが、言うまでもなく、消費税を増税しても、公共投資予算の財源を確保したことにはならない。公共投資予算は自分で工夫して確保するしかない。冒頭に述べた一連の政策はその役割を担うものであり、社会資本に光を当てている点では正しい。だが、決定的に不足している点がある。それは、不要不急の投資と必要不可欠の投資の区別がついていない点である。

 今、最も必要なものは、現在すでにある老朽化した公共施設やインフラの更新投資である。震災が起きればもちろん、起きなくても国民の生命や財産に多大の影響を与える。

 第一に、今存在し、かつ、今後も必要なものを厳選して、その維持補修と改修更新に集中投資すべきだ。東洋大学の更新投資計算ソフトで計算した40以上の自治体はすべて、更新投資だけでも財源は不足することが明らかになっている。こういう状況で、新たに文化ホールや道路を建設するのは誤りだ。民主党の前原誠司政調会長が、7月25日、都内の講演会で、自民党の法案について「昔の政治に逆戻りするのかという感じがする。公共事業をまたばらまく先祖返りだけは、絶対に認めてはいけない」と厳しく批判したと報じられたが、自民党案が不要不急の公共投資を食い止めるメカニズムを持っていない以上、批判されても仕方がない。

 第二に、自治体の自助努力を前提にすべきだ。従来、老朽化を自覚しながら「最後は国が何とかしてくれる」という意識があったことは否定できない。東日本大震災は、国に頼る前に自分ですべきことが山ほどあることを教訓として残したが、政府や各党がこぞって社会資本整備の重要性をうたうことで、国を頼りに自助努力を怠る可能性がある。自治体は自分の地域の将来をきちんと考える義務がある。すべての需要を満たす予算がないことは明らかなので、公共施設の3階層マネジメント(他都市との広域連携、施設の多機能化、民間のストック活用など)、インフラマネジメント(長寿命化、コンパクト化、包括的予防保全への切り替えなど)、財務マネジメント(民間資金の活用、資産譲渡・貸し付けなど)を行う。

 こうしたシティ・マネジメントを十分に努力したうえで、足りない部分を国が支援する、努力が足りなければ支援しないという方式に改めるべきである。国とは、国民なのだ。努力した地域の住民の税金が、努力しない地域の社会資本整備に使われるのは理不尽である。
 著者:根本 祐二(公民連携専攻長)